重要判例解説(1);最高裁判所平成21年3月26日判決

1 事案
被告人は午前3時30分ころ、無灯火で自転車を運転していたため、警察間の職務質問を受けたが、その際、催涙スプレー(内容量約11グラム、高さ約8センチの缶入り)1本をズボンのポケットに所持していた。この所持行為が軽犯罪法1条2号(「正当な理由がなく刃物、鉄棒その他他人の生命を害し、又は人の身体に重大な危害を加えるのに使用されるような器具を隠して携帯していた者」に勾留または科料に処する旨の規定)違反に当たるとして起訴され、東京簡易裁判所は催涙スプレーが現に強盗等の犯罪に用いられていることなどから軽犯罪法1条2号にいう器具に当たるとし、「敢えて深夜に自ら欲して自分で危険性を感じる行動をとるために本件催涙スプレーを携帯した」として正当な理由を欠くと判断して、科料9000円に処した。
控訴審である東京高等裁判所平成20年7月9日判決は、正当な理由について「業務上の理由等の正当な理由がない以上、単に護身のためだというだけでは正当化されないと判示した。
被告は、催涙スプレーが軽犯罪法1条2号にいう器具に当たらないこと、「正当な理由」に当たることを理由に上告した。

2 判旨
破棄自判、無罪。
判決は、本件スプレーの形状・性状に関する第1審判決の事実認定を是認し、これが軽犯罪法1条2号にいう「人の生命を害し、又は人の身体に重大な害を加えるのに使用されるような器具」に当たるとしたうえで、「本号にいう『正当な理由』があるというのは、本号所定の器具を隠匿携帯することが、職務上又は日常生活上の必要性から、社会通念上、相当と認められる場合をいい、これに該当するか否かは、当該器具の用途や形状・性能、隠匿携帯した者の職業や日常生活との関係、隠匿携帯の日時・場所、態様及び周囲の状況等の客観的要素と、隠匿携帯の動機、目的、認識等の主観的要素とを総合的に勘案して判断すべきものと解されるところ、本件のように、職務上の必要から、専門メーカーによって護身用に製造された比較的小型の催涙スプレー1本を入手したXが、健康上の理由で行う深夜路上でのサイクリングに際し、専ら防御用としてズボンのポケット内に入れて隠匿携帯したなどの事実関係の下では、同隠匿携帯は,社会通念上、相当な行為であり、上記『正当な理由』によるものであったというべきであるから、本号の罪は成立しないと解するのが相当である」として、原判決および第一審判決を破棄し、Xを無罪とした。
なお、甲斐中辰夫裁判官の補足意見は、本判決が「催涙スプレーの隠匿携帯が一般的に本号の罪を構成しないと判断したものではない」とし、本件の特殊性として、(ⅰ)Xが職務上の必要から本件スプレーを入手したこと、(ⅱ)万一の場合に備え防御用として隠匿携帯したこと、(ⅲ)Xが犯罪と無縁の生活を送っており、防御用以外の意図を有していたことをうかがわせる事情がないことを挙げる。さらに(ⅳ)本判決は、いわゆる体感治安の悪化が指摘されている社会状況等から「正当な理由」を認めたものであるとした上で、「これといった必要性もないのに、人の多数集まる場所などで催涙スプレーを隠匿携帯する行為は、一般的には『正当な理由』がないと判断されることが多いと考える」としている。

3 解説
本件最高裁判所判決は催涙スプレーを軽犯罪法1条2号にいう器具に当たるとした上で、「職務上又は日常生活上の必要性から、社会通念上、相当な場合」が「正当な理由」に当たると判示した。この判断自体は従来の判例を踏襲したものであるが、「日常生活上の必要性」の範囲について、護身用の携帯も日常生活上の必要性に含めた点で意義を有している。もっとも、いかなる場合も護身用の携帯が日常生活上の必要性に含まれるかについては、本件では被告人が会社の経理を担当し多額の現金などを会社と銀行との間で持ち運ぶ常務上の必要性から催涙スプレーを購入した事情があるため、常に護身用の携帯が日常生活上の必要性に含まれると解釈していいかはさらに検討に必要があると思われます。